1915年(大正4年)に白子〜一身田町間を開業した伊勢鉄道は1917年(大正6年)に津市へと延伸。当時のルートは現在の近鉄名古屋線とは少し異なる。 一身田町駅(後に高田本山駅)は今の高田本山駅より500m程西にあった。そのルートをたどる。 |
現在の白塚駅は1944年(昭和19年)に開設された駅で、伊勢電気鉄道の時には無かった。当時は逆川駅が逆川神社の北側、伊勢街道と交差する手前(A地点)にあったが、白塚駅開設と同時に廃駅になっている。 写真は旧伊勢街道の踏切(高田本山第七号)から白塚方面を撮影。小さくて見にくいが、奥に国道23号線の跨線橋が写っている。 |
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![]() 2016.8.14撮影 |
A地点の踏切から津方面に300mちょっと進むと線路は左へ緩やかにカーブしてゆくが、旧線はまだずっと直線であった(B地点)。旧線跡は野道になっている。 写真上は踏切から津方面のカーブを撮影。写真下は旧線跡の野道から白塚駅方面を撮影したもの。松阪行き急行がカーブを曲がってゆく。 |
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![]() 2016.4.30撮影 ![]() 2016.5.28撮影 |
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野道を行くと、横川に出る。対岸に野道の続きがあるが、橋も無ければ跡も無い。対岸の野道は県道410号線の盛土に突き当たる。写真右手の建物は三重武道館。 |
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![]() 2016.8.14撮影 |
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県道410号線の南側は北部運動広場が整備されていて廃線跡は見当たらない。しかしグラウンドの裏手の志登茂川(C地点)には橋台と橋脚が残っている。かなり汚れているが、煉瓦造りのしっかりした橋脚だ。 奥に現在の近鉄名古屋線が見える。 |
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![]() ![]() ![]() 2016.5.28撮影 |
志登茂川を越えると廃線跡は田んぼになっている(D地点)。周りの田んぼが碁盤のように並んでいるのに廃線跡は斜めになっているのですぐ判る。 農道を行くと、田んぼの中に開溝跡が二つあった。一つは農道脇にあるので写真におさめる事ができたが、奥の物は畔を通らないと行けそうになかった。 |
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![]() ![]() 2016.5.28撮影 |
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真宗高田派本山専修寺へ続く道を渡ってすこしすると中部電力の変電所がある(E地点)。ここがかつての高田本山駅の跡である。 |
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![]() 2016.4.30撮影 ![]() 2016.5.28撮影 |
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変電所を過ぎると廃線跡は江戸橋方面へ向けて左へカーブしてゆく。現在は田畑になっていて廃線跡を直接歩く事は難しいが、畔が曲がっているのが見てとれる(F地点)。 曲がった後は伊勢別街道をかすめて江戸橋駅へ向かう。現在は舗装道路になっている。写真は伊勢別街道側から見た所。伊勢別街道は右手の道路。廃線跡は左手の飲食店の駐車場から来てまっすぐ正面の道路へ。 |
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![]() 2016.5.28撮影 ![]() 2016.5.28撮影 |
廃線跡の道路は三重短大の横をすり抜けて、再び伊勢別街道と交わる。近鉄の名古屋輸送統括部施設部総合詰所や倉庫の敷地を通って現在の江戸橋駅の西側へと続く(G地点)。 昔の駅は現在の駅より少し南寄りにあったようだ。 |
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![]() 2016.4.30撮影 |